会長挨拶

巡礼のおすすめ

最上三十三観音霊場札所別当会 会長 檜山浩宗

 我が国は戦後、高度成長のかけ声とともに、人々は世界の先進国に追いつけ追い越せと、昼夜の別なく労働に勤しんだのであります。その結果、現代日本は世界に誇れる経済力と技術を備えた、近代社会に発展したのであります。しかしながら、昨今、世間に流れるニュースといえば、悲しくも残念なことばかり。これひとえに、むさぼり・いかり・おろかさ℃O毒の煩悩にさいなまされた、人間の欲に発するおろかな結果と言えましょう。人々は物質の豊かさと引き替えに何かを切り捨ててきたのでしょうか。心の時代と叫ばれてしばらくたちます、所詮人間は弱い存在ですから、何かよりどころを探したくなるものです。すがりたい、頼りたいと思う心は人間が自分の能力の限界を悟り、謙虚な人間に生まれ変わろうとする、大いなる転機の訪れですからここを大切にしなければなりません。祈りの心は、ただ救いや加護を自分だけの利己心に止めるなら、その祈りはどんなに熱心でも虚しいものです。自己の小さな祈りを他に廻らして、他にやさしい人間性の回復こそが、現代に望まれる信仰の姿なのでありましょう。

 観世音菩薩とは、字のごとく「観世音」世の民衆の音、声を観ましょう、聞きましょう、願いを叶えましょう。また千本の手や十一の顔によって象徴されるように、手が必要な人々には手を貸しましょう、どこにいる人でも常に見守ってあげますよ、という現世利益に通じる仏様であります。人間なら「長生きしたい」と誰もが望むでしょう、しかしそれが、あれが食べたい何がしたいという自己中心の欲望を果たすためだけであり、他のために尽くしたいとの大きな願望に欠けているのでは、祈りの名に値する正しい祈りとは言えません。正しい祈りや願いとは、他に与えるために自分にも得たいと望むものをいうのであります。観音様の大願は、真理を求めて自他の区別なく人間性を高めて、人間の命の尊さを自覚しよう、させようとの願いです。

 最上三十三観音霊場、ならびに全国各地に点在する各霊場の巡礼とは、道路整備がなされていない、また交通事情が悪かった時代ならば、日程に余裕のある方、もちろん自分自身で歩けることが第一の条件であった、ごく一部の人々の篤い信仰の旅であったでありましょう。しかし、車社会の現在では最上札所なら二泊三日でゆっくりと回れる、誰もが参加できる、祈りの旅となったのであります。家族で、お隣同志で、また同級会でといろいろなグループがいらっしゃいます。昔より「しんこう」と「かんこう」は表裏一体のものである、と言われております。県内は温泉の宝庫、巡礼の疲れをお湯で流すもよろしいでしょう、有名そば屋さんを併せて廻るもまた楽しいでしょう。様々なプランを足していけることが現代の巡礼事情と申せます。最初は形から入られるのも大多数でございましょう。巡礼に出る目的は各人各様、それぞれに参拝の動機は異なりましょうが、巡礼は普通の旅とちがい深みのある心の旅、ふだん考えもしなかった自分自身を見つめ直す時間と空間を与えてくれる旅でもあります。まずは身をそこにゆだねることが大切なのです、もう一人の自分をそこに見いだす、そんな出会いが巡礼という祈りの旅であります。

 来年、平成二十年は最上三十三観音霊場、子歳御縁年の連合御開帳をご修行いたし、特典の御影を授与申し上げます。皆々様に心の豊かさとやさしさを、そして世界に平和ならんことを御祈念いたします。

 「南無観世音菩薩」を念じながら是非ご参拝ください。

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