第二十四番 上の畑 かみのはた
曹洞宗 宝沢山薬師寺
御本尊 聖観世音菩薩 慈覚大師 御作
ご詠歌
たなはしの かみのはたより ながむれば
あきのたおもて ぼさつなりけり

▲朱印
銀山温泉の手前3Km程の処、上柳の薬師寺境内に観音堂はあります。もとは温泉街の裏山にあったのです。本尊は聖観世音、慈覚大師の作。
この地方は出羽の国の国境であり、交通がよく発達していなかった当時としては、ここに道路が開かれたことはたいへん重要であった。土地の豪族高橋信濃は、旅人の安全を祈るため観音を安置した。山の中腹の道路の側に建てられたというが、その年代は相当古いと思われる。貴重な資料も宝物も、度々の火災で焼けたため、何一つ残っていないのは残念なことである。
その頃は、観音堂の下にある東源寺という禅宗の小さな寺が、観音堂を管理していたが、その後、住職がいなくなったままになっていた。安政年間、この村の薬師寺の長老、勇岳が東源寺に来て、復興に力を入れたため、一応面目を新たにした。しかし、その翌年、また、火事のため建物は灰になったが、高橋善左衛門が猛火の中から仏像を取り出し、自宅の土蔵の中に移した。善左衛門は、信濃の子孫であり、たいへん信心深い人であったので、独力で再建を進め、安政四年七月十七日完成した。この辺は、交通上重要な土地で、維新前は大名たちの往復の宿駅でもあった。高橋家は準本陣格であり、祖先以来、観音に奉仕している。上の畑は、奥州街道の軽井沢越と呼ばれ、昔は幕府の関所も置かれていた。
延沢銀山は、加賀金沢の儀賀市郎左衛門により発見されたとか、慶長のころ泉州堺の十兵衛によって開発されたといわれている。銀の採鉱は二百年にわたっておこなわれたが幕末のころは衰退し、現在では銀坑跡が「おもかげ園」と称して市の文化財になり、焼き掘という採鉱方法の跡や、大坑道、抗夫の住居跡などが保存され、縁結びの岩薬師が安置してある。
巡拝ガイド
| ■住 所 | 〒999-4332 尾花沢市上柳渡戸207 |
|---|---|
| ■TEL | 0237-28-2437 |
| ■徒 歩 | 六沢→下柳渡戸→上柳寺前 |
| ■交 通 | 六沢−[徒歩]→下柳渡戸→上柳寺前 |
| ■駐車場 | 大型路上駐車・小型入口に駐車場有。 |
| ■参 考 | 観音堂と納経所が平成8年より薬師寺境内同一所となった。時間に余裕があれば銀山紘跡、岩薬師、白銀の滝などめぐりたい。 |




