第七番 岩波 いわなみ

天台宗 新福山 石行寺

御本尊 十一面観世音菩薩 行基菩薩 御作

ご詠歌

みなひとの あゆみをはこぶ いわなみの

ちかいはつきじ こけのむすまで

朱印
▲朱印

平清水から2km余り、岩波は西蔵王高原へ向かう途中にあります。本尊は十一面観音、行基菩薩の作で、七尺三寸。

元明天皇の和銅元年、行基が仏教をひろめるため、この地方を巡っているとき、風景が観音の故郷補陀落山に似ていることから、ここにお堂を建てた。岩波という地名は、前を流れる瀧山(りゅうざん)の流れが、岩に当たって白い波を立てているというところから、石行寺という名前は、石を踏みながら河原道を行くというところからつけられた。行基はお堂を建てるに当たって、下流から発見した霊木で、十一面観音像を彫刻したが、木を見つけたところを元木という。

その後、清和天皇のとき、慈覚大師が新しくお堂を再建したが、これは「御作の御堂」と呼ばれている。撫の木を用いた素朴な建物である。長い年月の間、山形城主をはじめ、多くの信者により幾度かの大修理を繰りかえしてきたが、全面的な解体を行い、もとの「阿彌陀堂造り」に復元された。(県指定文化財)

脇士の不動明王と毘沙門天は慈覚大師の作よるもので、別に同じく大師彫刻の地蔵尊がある。一尺余りで耳の病の人が祈念すれば治るといわれ、参拝者も多い。ここは、行基菩薩の開山、慈覚大師の中興によるもので、時代を物語る数多くの物が残され、自然の滝を取り入れた庭園も有名。

山形の歴史に関する文献をひらくと、南北朝のころの、この地方の様子を知る上で、最適な資料が石行寺の寺宝として保管されているのに気がつく。それはこの時代に書写された「大般若経」百十四巻である。文和二年(1353)より永和元年(1375)までの、二十三年間にわたるもので、このうち南朝の年号が十九巻、北朝の年号が九十四巻となっている。

巡拝ガイド

■住 所 〒90-2403 山形市岩波115
■TEL 023-641-6514
■徒 歩 平清水→小立→岩波橋→岩波 2.8km/40分
又は平清水→戸神山下→岩波橋→岩波 約1.8km/25分
■交 通 平清水―[徒歩]→平清水→岩波(山形交通バス西蔵王行 2.2km/5分/4本)→[徒歩]→岩波(2分/0.2km)
■駐車場 大型車は参道入口に路上駐車。小型車は観音堂側まで入れる。
■参 考 住職夫妻が永年東京住いをされていただけに気さくでものわかりがよくて親切。本坊庭園や庫裡を改装した納経所など拝観したい。頼めば堂内WC惜用可。毎月17日午前10時より護摩供が修されている。

岩波観音堂
▲岩波観音堂

本尊十一面観世音菩薩
▲本尊十一面観世音菩薩

寺宝の大般若経
▲寺宝の大般若経

岩波堰
▲岩波堰

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